就職に失敗して、出会った1杯のコーヒーが今の自分を作った FLAT COFFEE GARRAGE 石川 翔一郎

就職に失敗して、出会った1杯のコーヒーが今の自分を作った
FLAT COFFEE GARRAGE 石川 翔一郎

OTHERINTERVIEW

Profile:石川 翔一郎(いしかわ しょういちろう)

1991年、丸亀市生まれ。神奈川県の二子新地にあるカフェ「TETO-TEO 2nd」店長。2017年4月、月1回のセルフプロデュースのコーヒースタンド「FLAT COFFEE GARRAGE」を地元・香川でスタート。現在では活動を県外でも展開している。
石川さん個人のInstagram
FLAT COFFEE GARRAGE Instagram

石川さん

──喫茶店で働き始めたのは、就活に失敗したからだった。

石川翔一郎さんと初めて出会ったのは、友人に誘われたイベントだった。大勢の人が賑わうなか、彼はひとり黙々とコーヒーを淹れていた。注文するとその場で豆を挽き、手際よくハンドドリップで抽出していく。コーヒーの粉にお湯を注いだ瞬間、湯気と立ちのぼる心地のいい香り。自ら厳選し、感覚に合わせ焙煎した豆で、一杯一杯丁寧に淹れるコーヒーは、飲む人を自然と微笑ませた。

石川さんがコーヒーに関わるようになるのは、大学卒業後。学生のときからカフェや喫茶店を好きでよく訪れてはいたが、「好きなものを仕事にすると嫌いになるかも」と心配し、アルバイト先はガソリンスタンドだった。

授業とゼミ、合間に学生スナップのカメラマンをしたり、ビジネススクールに通ったりと、活動的な大学時代を送る。大学3年生になると人並みに、就職活動を始めた。「当時は広告か旅行業界を目指していて、幸いなことに大手旅行会社から内定をいただきました。しかし、内定決定後も『広告業界で働きたい』という気持ちを諦めきれず、内定を辞退することにしました」

その後、広告系のベンチャー企業に就職するつもりでインターンを開始。しかし卒業間近になっても、一向に入社に関して何の話もない。「どうなってますか?」と尋ねてみると、自分の意志が人事まで伝わっていなかったようで、4月1日の入社は難しいとの返答。「旅行会社の内定も辞退し、こちらで働く気満々でこれまでいたのに…… それでは困る!」と会社と揉め、就職の道は断たれた。就職先が決まらぬまま、大学卒業。

4月、友人たちが入社式に向かうなか、近所の川沿いの桜を眺め、「好きなことをしながらバイトして、就職活動をし直そう」と決意した。「たまたま降り立った自由が丘駅の南口改札から正面にある緑道を抜けて、いざバイト先を探そうと思っていたところ、目に飛び込んできたのが、自家焙煎が売りの一軒の喫茶店でした。すかさず求人情報をメモし、他にも候補地を探すために歩き回りました。ある程度候補地が集まったので片っ端から連絡していき、受かったのが最初に目に留まったあの喫茶店だったんです」

石川さんと高松の風景

──1杯のコーヒーとの出会いが、コーヒーの道へと。

すぐに喫茶店でのバイトはスタートした。コーヒーが好きというわけでなく、居心地のいい空間が好きで喫茶店を選んだ。しかし、ある日飲んだ一杯のコーヒーが変化をもたらす。「苦いと思っていたコーヒーが、苦いだけではなく、香り高く華やかで、コーヒーにこんな味わいもあるんやって驚いて。すっかりコーヒーに興味を持ち、勉強を始めました。しばらくするとコーヒーを淹れさせてもらえるようになり、お客様が『美味しい』と言ってくれるのが嬉しくて、嬉しくて。気がつけばコーヒーに没頭するあまり、当初する予定だった就職活動をしていませんでした」

改めてこれからについて考えた。一般企業に勤めるか、このままコーヒーを続けるか。「香川を地域活性化させたい」学生のときから漠然とそういう想いを持っていたけれど、自分が何ができるか分からなかったし、そんな力もなかった。でも、そのときとはもう違う。コーヒーでならやれる。一般企業へ就職した未来では見えなかった5年後、10年後のライフプランが、コーヒーでならもっと先の将来まではっきりと思い描けた。「コーヒーで生きていく」覚悟ができた。

「何のために大学に行かせたんか分からん!」就職失敗に両親は激怒し、勘当状態になった。自分自身が情けなくて、両親に申し訳なくて、泣いた。周りも就職失敗に対して気を使っているようで、その態度がより劣等感を感じさせた。それが自分の中でコーヒーの道に進むと決めて、公言するようになってからは一変。本気でやっているのが伝わって、友人たちの見る目は変わり、両親は一番近い応援者になった。

そのタイミングで、「新たにできる場所でコーヒーやってみない?」というオファーがあり、東京から月に一度香川へ帰り、完全セルフプロデュースの自分のコーヒースタンドをすることに。これが「FLAT COFFEE GARRAGE」(フラット・コーヒー・ガレージ)の幕開けである。

石川さんと高松の風景

──コーヒーを通して都市と地方、場所や時間を対等に。

屋号のFLAT COFFEE GARRAGEにはこんな意味を込めた。「コーヒーを通して都市と地方、場所や時間、どんな立場であっても対等“flat"にし、真の流行 “garrage”(“gar” と “rage” を組み合わせた造語)をつくる」

日本の中心・東京。日本の最先端に触れられるこの街での生活は、大学進学をきっかけに始め7年が経った。最新のものに触れられ、流行の発端となる東京には、香川のような地方でまだ見ぬものがたくさんある。「東京での暮らしで得たものを香川へ持ち帰る。ただそのまま持ち帰るだけでは、一時の流行になってしまうので、香川県民に馴染むようアレンジを。そうやって東京と香川の差異を埋められると思いました」

最近では、FLAT COFFEE GARRAGEとして香川以外で活動する機会が増えている。「そんなとき香川県を背負うつもりで出て行く」と言う石川さん。「コーヒーを淹れる人でもあるけど、香川といえば僕と思われたくて。ただ美味しいコーヒーを提供するだけではなく、香川に興味持ってもらえるよう、香川のことを知ってもらえる場にもしたいと思っています」

石川さんと高松の風景

──コーヒーと共に“伝統”も伝える。

何かを発信する上で、まずは自分自身が知る必要がある。そう感じて、色々なところに出向いたり、話を聞いたりしていうちに、コーヒーと伝えたいテーマが決まった。

「コーヒーを入り口に知ってほしいのは、伝統。香川には保多織、香川漆器、讃岐和三盆などたくさんの伝統がありますが、その多くは職人の高齢化に伴う後継者不足や業者の廃業が深刻化し、危機的状況なんです。そこで香川県出身が香川の特徴を取り入れたコーヒー屋さんをやる。保多織のフィルターでコーヒーを淹れ、保多織のコースターを使用。今後はコーヒーカップに香川漆器。コーヒーのペアリングフードで和三盆を取り入れたりして。コーヒー飲みに来た人が伝統にまで触れて、知ってくれて、好きになってくれて、継承したいと思ってくれたらいいよね」

香川代表の香川のコーヒースタンドはまだ始まったばかり。香川、そして、日本への浸透を目指し、FLAT COFFEE GARRAGEの挑戦は続く。「ゆくゆくは店舗を構えたいな。みんなが進むべき道を外れた身として、こういう生き方もできるっていう背中見せたいし……意外とちゃんと考えてない?(笑)」照れ臭そうに、笑いながら言った。

石川さんと高松の風景

Editor Profile

Text:はばたくこ(insta
旅するように暮らす。オーストラリア、ニュージランドの生活を経て、現在は香川に。次は北欧に行きたいと思っている。
Photo: ayappe(insta
好きなものを好きなように撮ってます。ねこのように、気になったものには飛びつきます。岐阜在住。